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2026年5月18日月曜日

ソロバリ山行六甲西山谷

 皆さん初めまして~65期の水口ですーーー

せっかく行ったバリ山行を記録に残さないのもかわいそうなのでここで供養してあげようと思います。今度企画も立てるし!!将来の誰かの参考になれば!なるのか??


前日譚

4/23(木) 3限から5限くらいまである予定だった測量学実習が雨で中止になってしまい、バイトまでの時間を持て余した僕は、いつの間にかキューズモールのモンベルに。来年の雪山にも備えて自前装備を揃えたいと思っていたのでヘルメットを勢いで購入。

mont-bell L.W.アルパインヘルメット ¥9,790(税込)
ちょっといいやつにした
そして土曜日がなぜか丸1日暇だったのでそこで六甲山系のバリエーションに挑むことに決定。さてさてどのルートに行こうか、、

30分ほど情報収集

西山谷ルートに決定!!!

せっかくなので六甲最難関とも言われるルートに行ってみることに。過去に探検部でも企画が行われているのでちょうど良き。過去企画書とネット上の遡行図(すごく役に立った。ありがとうございます。)を印刷して準備OK!

当日

一旦序盤は雑にメモ

5時台 起床

6時過ぎ 自宅を出発

7時半 阪急岡本駅

8時 神戸市営バスにのり渦森台4丁目へ

神戸の山際らしさあふれる住宅街に到着

今回のサブ目標としてYAMAPを使わないというのを設定したので活動開始だけして地形図&遡行図片手にいざ出発!

自分は熟練者なのだろうか、、、?


いざ、出発


沢沿いに10分ほど歩くと早速でかい突堤がお出迎え。ウキウキで写真をとり、さあどう巻くんだ??となる。とりあえず左へ!

でかいものはとりあえずすごい





あの、、、わたしはどこを歩けば、、、

こりゃあバリエーションだなあと思いつつ遡行図をみると、結構手前から右巻きだったらしい。まあいいんだ行けりゃ(´ー`*)ウンウン。

順調に進む


そんなこんなで突堤は巻き、滝はできる限り付近を直登しながら遡上していく。
この谷最大の滝 西山大滝 落差20mらしい
高低差がわかりづらいが結構高い
insta360のアクションカメラ360°カメラを持って行っていたのでたくさん動画をとりながら進んでいく。みんなもアクションカメラを買おう!!お金は飛ぶけどクッソ楽しいぞ!!!!!
ほぼ垂直の鎖場を鎖使わずに登るチャレンジ


臨場感良き

手をかけようとした岩が剥がれたり、ちょうど手を付きたいところにくそきもキノコがあったりと、いろいろありつつも遡行の9割ほどを2時間で完了し、油断したところで事件は起こる。

最大の事件

滝が一筋 → あなた一筋の愛情 → 愛情の滝
うるせえ
最後から2、3番目の滝、愛情の滝とかいう7mくらいの滝のすぐ横を直登しようとした際、足を滑らせてしまったのである。

ミニ三脚にカメラつけといたら映像取れてた

途中のハンガーについていたわっかのロープを持っていたため、大きくは滑落しなかったけども普通に危なかったしクッソ恐怖。素直に巻き道を行こう。

ただなんか滑ったおかげで直登ルートを見つけたのでなんとも、、
あとこの映像の続き、滑った後落ち着く時間とかなんもなくすぐ登りだしてるのは怖いよ自分。

やっぱり勢いだけで行くのはよくないと再認識

ついにゴール


調子に乗らないよう気を付けながらラストの突堤も越え、最後は藪の中を通って車道へ合流。ついに西山谷ルート踏破である。

踏み跡はある。安心だね
車道に出たときの画像とったはずなんだけど消しちゃったかも

完走した感想ですが、まずは怪我無くいけてよかったというのと、自分の歩行技術も上達した気がした。ソロだが水と鳥の声が心地よく、滑落の危険性もあるので寂しさを感じることは全くなく、非常に楽しい山行となって本当に良かった。


その後


本当は車道に出た後東側に進み、六甲山頂まで行って適当に下りようと思っていたが、なんか間違って西側に進み、それにしばらく気づかなかったのでそのまま掬星台まで行くことに変更。服が不自然なくらい汚れてるしヘルメットぶら下げてるしで、掬星台の大量の人の中でなんか勝手に気まずくなったのでそそくさ退散。

そして少し難ルートの行者尾根ルートで下山。
案内はある

よき

メリハリあって悪くない道だった。
そうして14:30頃には下山。
しっかり疲れ切って帰りのバスで二駅ほど寝過ごしましたとさ泣

あとがき


バリエーションとはいえ結構有名なルートではあるから大きな迷いもなく、地形図でも方角さえ見れば大丈夫ではあったので、バリ入門として結構ありだった。(ただし岩場や急斜面を苦にせず行けることが前提)今度一緒に行く人たち、がんばろうね
ただやっぱ調子乗ると危ないのでマジで気を付けた方がいい
ロープ能力身につけたいな

2026年4月4日土曜日

消えたロープウェイ(+α)を追え! 比叡山廃墟探索記

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!

 ……というわけでこんにちは。65期(新2回生)唯一の文学部生のモリリンです。今回は昨年11月に立てた廃墟探索企画についてのお話。実はかなり前に書き始めてはいたのですが、途中まで書いたところで放置してしまい、気づいたら投稿が新歓直前になってしまいました……(汗)

 さて、昨秋のある日のこと。部室で同期と話していたら、「比叡山に行きたい」という話題が出たので、その周辺について調べていると、こんな情報に突き当たりました。

 ――比叡山の山中には、戦前期にわずか十数年間だけ存在した、“消えたロープウェイ”の遺構が眠っている……。

 一昨年の冬、64期の國部さんが立ち上げた新分野、「廃線廃道探索」(詳しくは廃線廃道探索① 愛宕山鉄道鋼索線跡を参照)。これは、愛宕山に続く新たなフィールドになるかもしれない……と思い、さらに調べてみると、付近には廃ホテル・廃遊園地の遺構まで残っているのだとか。これだけネタが揃ってしまったら、企画を立てないわけにはいきません。

そもそも“消えたロープウェイ”とは?

廃墟群の位置関係(地理院地図をもとに筆者作成)

 “消えたロープウェイ”の正体は、「叡山空中ケーブル」(ケーブル、と名乗っておきながらロープウェイです、ややこしい……)。比叡山の観光開発を狙った京都電燈(関西電力の前身。電力事業と並行して、現在の嵐電や叡山電車なども運営していた)が、1928年に開業させました。当時、出町柳から麓の八瀬比叡山口までの普通鉄道と、そこから比叡山上までのケーブルカーは既に開業済み。叡山空中ケーブルはそこから比叡山延暦寺の境内までのアクセスを担い、こうして誰でも気軽に延暦寺に参拝できる行楽ルートが整備されたのです。

 京都電燈の社史である『京都電燈五十年史』(1939年)で「本邦最初の架空索道」と謳われるほど、ロープウェイの導入は当時としては画期的なことでした。しかし戦争の激化により、開業から僅か16年後の1944年、叡山空中ケーブルは休止されます。そして戦後の1956年、京福電気鉄道(京都電燈から鉄道事業を承継)が別ルートでロープウェーを開業させたため、そのまま廃止されてしまいました。現在は、山腹に旧高祖谷駅の遺構が残存するなどしており、その周辺には、開業後僅か6年で戦争の激化により閉業した「叡山ホテル」、そして同じ場所で昭和初期から1960年代にかけて開催されたという夏季限定の遊園地、「叡山パラダイス」の遺構も残されています。

 今回の企画は、戦前の観光開発の夢の跡である、これら3つの廃墟を体当たりで探索しよう!というものです。

ロープウェイの廃駅を目指して

 昨年11月16日。紅葉シーズン真っ盛りの快晴の日曜日、廃墟探索に向かうべく、叡山電車の終点・八瀬比叡山口駅に降り立ったのは、64期2名・65期5名の計7名。電車を降りたハイカーのほとんどがケーブルカーの駅に向かう中、我々はその脇を通り過ぎ、登山道へと入ります。途中からは一般登山道を外れ、地理院地図上の破線に沿って登っていきます。

杉林の中を突っ切って進みます
途中、視界が開けて京都盆地を望める場所も

 登り始めてから約2時間。山中に、巨大なコンクリートの構造物が忽然と姿を現しました。それこそが、叡山空中ケーブル・旧高祖谷駅。早速、当時の痕跡を求めて探索開始です!

これはおそらく機械室か……?

側面のアーチに空いた穴

ウインチとかが設置されていたのかも?

中はこんな感じ

屋根の上に登る小塚さん(64期)


かつてのプラットフォーム跡

プラットフォームの端には、下向きに空いた穴があり……

下から見るとこんな感じ
支柱でも立ててあったのだろうか?

駅舎跡?
屋根はほとんど朽ちてなくなり、かろうじて一部だけが骨組みに引っかかっていた

お次は廃ホテル・廃遊園地の探索へ!

 旧高祖谷駅の探索を一通り終え、お次は「旧叡山ホテル」「旧叡山パラダイス」の探索へと向かいます。

「HIEIZAN」の文字が躍る、ケーブル比叡駅前にて

 旧叡山空中ケーブル(もう一度言います、ケーブル、と名乗っておきながらロープウェーです……)とは対照的に、昭和初期の開業以来、今日に至るまで現役で活躍し続けている叡山ケーブルのケーブル比叡駅。その賑やかな駅前に、1本の脇道があります。ガラス片の散乱するその道を、奥へ奥へと進んでいくと……。

 ……あった!これが地階だ!

 旧叡山ホテルは、この地階を含め3階建て。上の2つの階は木造で、廃業後に現・城陽市に移築されたという情報も。現在はコンクリートの地階部分だけが残されています

 冒頭でも述べましたが、昭和初期から、戦争を挟んで1960年代まで、夏季限定の遊園地「叡山パラダイス」も存在したというこの場所。当時の痕跡を探してみましょう!

探索中に発見した、古いアサヒビールの缶
調べてみると、日本初の缶ビール・アサヒゴールド(1958年発売)のもののようです

壁には古いバス路線図がペイントされていました
よく見ると、「琵琶湖大橋」という文字が!
橋が開通した1964年以降に描かれたものと推察されます

パチンコらしきものの残骸

旧・叡山パラダイス現役当時の看板?

ゴーカートのコース跡

かき氷機のような何か

ここから小塚さん3連発
キョンシーらしき立て看板と

謎の遊具と小塚さん

お面の残骸?を被る小塚さん

~おまけ~

比叡山頂付近からの眺め

なお、肝心の山頂はこんな感じ

下山途中、延暦寺にもちょっとだけ寄り道

廃墟探索を終えて

 さて、こうして比叡山に眠る廃墟群を探索してきたわけですが、肉体的にも、好奇心を刺激するという意味でも、想像以上に探索し甲斐がありました。探索後に知ったことなのですが、比叡山空中ケーブルの支柱跡が1本、ほぼ完全な形で比叡山中に残されているそうなので、そちらも探索する価値はありそうです。

 探検、と聞くと、登山、洞窟、無人島、川下り……。そんなものを想像するかもしれませんが、廃線、廃道、廃墟といった、役目を終え、山中でひっそりと消えゆく構造物たちを追いかけるのも、また1つの探検のカタチ。そこでは、先人たちの夢や営みが、タイムカプセルのように保存され、誰かに再び発見される時を待っているのです。

 しかしながら、こうした廃構造物は、経年変化によって少しずつその姿を変えていきます。崩落してしまったり、立ち入り禁止になってしまったりして、二度と訪れることができなくなる、そんなことも珍しくありません。皆さんもぜひ、一度廃墟探索に挑戦してみては?

 長々と書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!