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2025年3月28日金曜日

2025新歓下見 風戸穴

3月27日に、新歓の下見のため、岡山県の風戸穴に行きました。洞窟の中は、どうなっていたのでしょうか?








立って歩ける場所が多く、綺麗な鍾乳石に囲まれた迷路のようでした。上を見てみると、星空のように美しい天井が見えました。



一番楽しかったのは、最奥への道です。ここでは、水場の上を壁伝いに進みました。壁キックをする場所も通りました。スリルがあって面白い道です。




道に迷って地図を確認している。醍醐味。


コウモリが少ししかいなかったので、とても快適な洞窟探検でした。また行くのが楽しみです。

2025年3月25日火曜日

蓬莱山 登山

こんにちは!探検部64期の久保木です。 

今回は、僕たちが2024年11月9日に蓬莱山登ったことについてブログで書いていきたいと思います。 

まず、蓬莱山について説明します。蓬莱山は標高が1174mで琵琶湖の近くにある山です。「蓬莱山」という名前からも推測されるように昔の人が修行のためにっていたという霊山らしいです。 

 

さて、ここから本題の活動日記を書いていきます。 


まず、当日朝、部室に集合して蓬莱山まで車に乗って移動しました。途中で横に見えた琵琶湖が海みたいに本当に大きくて驚きました。

 

蓬莱山に到着して僕たちはまず、樹林帯を歩きました近くに川も流れていてとてもきれいでした!ごつごつした岩の上を歩いたり急な斜面の横の道を歩いたりと登山らしくいろいろな経験ができて楽しかったです!こういう風に自然を楽しみながら体を動かせるのは登山の醍醐味ですね。 


頂上に近づいてくると、紅葉が見えてきました!生き生きとした緑の樹林帯も好きですが、紅葉の味のある赤や黄もやっぱり素敵です。 


途中でご飯を食べました。F君が袋麺を持ってきてました。うらやましかったので、ごねて残ったスープとトッピングの牛タンを一枚もらいました。やっぱり登山で食べるラーメンのスープは最高でした。F君、本当にありがとうございました。


頂上に到着しました。そこで、木がほとんどないことに衝撃を受けました。別世界のような神秘的な草原が広がっており、「これを見て昔の人はここを蓬莱山という名前にしたのかな?」と感じました。 


この山の頂上からは琵琶湖が見えました。山容もきれいなのに、さらに、琵琶湖を一望できるなんて本当にお得ですね。360°絶景でした!


みんなで記念撮影です。最高に楽しかったです!


下山して車で仲良く大阪まで帰りました。

2025年3月22日土曜日

石鎚山

はじめまして!64期の中田です!

10月12日に愛媛県石鎚山に登ったのでそのことについて書こうと思います。なにぶんこういった書き物は初めてなので拙い文章かと思いますが最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。では、参りましょう!


10月11日(金)

17時30分、部室集合。なお、一名遅刻。まぁ探検部クオリティですわな。そんなこんなで車を走らせ登山口の土小屋駐車場に到着。


道中の明石海峡大橋


野宿と車中泊に分かれて各々登山に備えます。私は野宿でしか得られない栄養があると信じ込んでいるので野宿にしました。これが入部以来最大レベルの危機を招くとはこの時は知る由もありませんでした。

土小屋駐車場の標高は約1500m、時期は10月中旬。加えて私が使っているシュラフは登山用ではなくキャンプ用のものでカバーもありません。そんな中で野宿したらどうなるでしょうか・・・はい、寒すぎました。重ね着していたにしても限度があります。シュラフカバーがないため結露した水分をシュラフが吸い取りシュラフに足を入れるとあったかいのかつめたいのかよくわからない状態に。数時間おきに目が覚めては何度か散歩しつつなんとか元気に朝を迎えました。



駐車場から


10月12日(土)

登山開始。天候にも恵まれとてもいい景色でした。アルプスと違った一面緑の景色で新鮮でした。

いい景色


そこまで長い行程ではなく順調に進みました。道中にもところどころ岩がありそのたびに寄り道して楽しみました。そしてすぐに今回の目玉の鎖場に到着。人気の山なのでこの辺りでかなりの渋滞ができていました。肝心の鎖場は二の鎖と三の鎖、それぞれ約70mほどが連続してとても楽しかったです。鎖場好きの私も大満足でした。



楽しい楽しい鎖場


三の鎖を登るとすぐ石鎚山の山頂、および石鎚神社に到着しました。山頂付近は紅葉も色づいていて最高の景色でした。軽食や売店で少し休憩してさらに奥の天狗岳、南尖峰に向かいました。

 


石鎚神社にて


南尖峰では奥に目立った岩があり私を皮切りに全員1回ずつその岩に立ち写真を撮りました。

南尖峰の岩


実は渋滞と南尖峰ではしゃぎすぎたこともあり予定がかなり遅れており少々急ぎで下山し始めました。とはいえ、鎖場は別。下山は回り道で帰る方々も多かったですが我々は下山も鎖に挑みました。登りよりもかなり恐怖感があり慎重に降りました。


そうして下山完了し、いつも通り温泉に行きご飯を食べ帰阪しました。


最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも投稿し続ける予定なのでよろしくお願いします。






2025年3月16日日曜日

廃線廃道探索① 愛宕山鉄道鋼索線跡

新ジャンル、廃線廃道探索

こんにちは。阪大探検部一の(いや唯一の?)廃土木構造物マニアであり64期副主務の國部です。突然ですが皆さんは廃線、廃道と聞いて即座にどんなイメージが湧くでしょうか。普通の人からすれば、廃れた鉄道や道路…何それ?という感じだと思います。我々が普段歩いている歩道、車に乗って移動している車道、電車に乗って通勤通学している鉄道は決して土砂に埋もれたり崩れたりしないし、「廃れる」という概念がそもそも無いかもしれません。しかしそれはそれら交通インフラの重要度が高く、絶え間なく人の手を加えて維持されている都市部での話。人口減少の著しい特に山間部には、人の手が長きにわたって加えられず、今この瞬間も崩落し朽ちていく交通路が数えきれないほど存在しているのです。本記事のタイトルにもなっている「廃線廃道探索」では、打ち棄てられ人々から忘れ去られた古の交通路を辿り、踏破して達成感を味わうとともに歴史的な好奇心を満たすことを目的として活動します。

愛宕山鉄道鋼索線とは(企画書より)

今回の探索目標に選んだ愛宕山鉄道鋼索線は、かつて京都市右京区の愛宕山東側斜面に存在していたケーブルカー。京阪電気鉄道と京都電燈(のちの関西電力)が共同出資して設立された愛宕山鉄道により1929年に開業した。麓の清瀧川駅と山頂付近の愛宕駅との高低差638.38mを水平距離2.13kmで結び、当時としてはかなり大規模で先進的なケーブルカーであったが、1944年に戦況の悪化また金属供出の対象になってしまったことなどにより廃止された。

※現役当時の写真はネットで探せば出てきます。興味のある方は是非。

集合、平坦線を歩く

西宮市の武田尾廃線敷(国鉄福知山線旧線)を歩くような企画は以前にも開催されていますが、より世に知られていないような場所を探し探索するという点で、これまでこの部には無かったジャンルだと考えられます。新ジャンル開拓!と銘打って掲示板に募集をかけたところ、想像以上の人数が集まりました。そうして2024年12月21日朝、JR嵯峨嵐山駅に集合した総勢10名の探検部一行は、京都市右京区清滝へ向かいました。

8:56
駅を出てから山に入るまで、しばらくはこんな感じの面白くない道です。しかしマニアにはこんな道がもの凄く怪しく感じます。何を隠そう、これは愛宕山鉄道のもう一つの路線、「平坦線」の軌道跡です。平坦線の話までしだすと収拾がつかなくなるので今回は割愛します。
9:11
山に入っていきます。ここまでくると、鉄道にはちょっと酷そうな勾配です。



9:31
車に怯えながらえっちらおっちら登り、清滝隧道に着きました。かつての鉄道トンネルらしい馬蹄形断面です。体力的には平坦なトンネルを進みたいところですが、狭く歩行には危険なため右の坂を上がり峠を越えます。



9:31
右の坂道は地味ながらめちゃくちゃ謂れのある峠。こころみとうげ。






9:38
非常に深い切通し。





9:39
峠の丁度サミットの地点に、擁壁から水平に生えたカーブミラーが。一同盛り上がって写真撮影。やはり探検部。







いざ、軌道跡の探索へ

10:02
道中何かと面白いものが多く、あっという間に清滝に着きました。ここで小休止を挟んでからいよいよ軌道跡を登って行きます。
まずは麓の清瀧川駅跡。中に入ればホームの跡などが残っているそうですが私有地っぽいので看板を撮るにとどめます。


10:03
私有地を迂回して軌道跡にアプローチするため、少し脇道に逸れます。すると猫に会えた。ニャーン






10:07
猫に癒されたのち、程なくして軌道跡が出現しました。苔にびっしりと覆われた空石積が月日を感じさせます。






10:13
ここで本格的に探索開始。本来はケーブルを張る溝と階段が両側にあったはずの斜面ですが、土砂と落ち葉にかなり覆われています。






10:23
まもなくひとつ目、第一号隧道です。
洞内の薄暗さも相まってかなり探検気分が高揚してきました。















10:26
第一号隧道は貫通しているものの山頂方の坑口で擁壁が激しく崩れています。あと10年もすれば塞がるかも。






10:29
続いて第二号隧道。こちらも貫通。







10:31
土圧で右側の側壁が膨れ上がっており、貫通しているもののとても健全とは言い難い状況です。





10:34
ここで立派な橋梁が現れます。第二号橋梁です。(一号は通過済み、撮影忘れ。。)
こんな場所にこんな立派なRC橋があるのはやはり異様ですね。




10:44
ここで本日初めての閉塞した隧道が現れます。第三号隧道です。
探検部なので素通りせず、部長の今岡くん自ら閉塞点の確認に向かいます。それにしても斜度が凄い。




11:07
第三号隧道の反対側に迂回してきました。こちらの隧道はかなり長く、カーブしているためここから閉塞点を照らすことはできません。奈落の底へ続いていそうなおどろおどろしい穴です。












11:12
線路は続くよ、どこまでも。







11:18
続いて第四号隧道。同じようなトンネルばっか見せやがって、という声が参加者からも出始めた頃ですが、よく見て下さい。向こう側の断面がちょっと違いますよね?




11:20
このように山頂方の坑口は幅広くなっています。






11:22
というのも実はここ、上から来た車両と下から来た車両を離合させるための行き違いスペースだったのです。ここを、乗客でいっぱいの2両のスイス製ケーブルカーがすれ違っていた往時の風景を想像するとグッとくるものがあります。


11:23
枝をライフルに変えてしまう会計N先輩。目が完全に狙撃手のそれ。









11:45
続いて第五号隧道です(撮影忘れ)。どう見ても閉塞していたので早々に高巻きが決定しました。幸い右側に伸びる尾根沿いにルートがあるらしく我々はそちらに進みましたが…
この高巻きが実に凶悪。バリ山行に来たんじゃねぇよと吐き捨てたくなる悪路がしばらく継続。まあ楽しかったからOKではありますが、一同かなり体力を削られたようです。

11:47
この木の板、親切なフリして全然役に立ってくれませんでした。






12:15
高巻きという苦難を乗り越えようやく第五号隧道山頂方の坑口に到達。喜びも一入。














12:21
ここからあともう少し。みな体力があるので疲れてもさほどペースは落ちません。。






12:25
隧道大好きマンの企画者ですらもう見飽きてきたこのポータル。早く駅に着かせてくれ。






12:30
しかし隧道を抜けるとちょっとしたサプライズが。雪です。橋の上は風冷えしやすいからか、残雪がありました。足元に注意して進みます。(ここでチェーンスパイク勢は無双、全能状態で坂を自由に駆け回った。)



13:04
ここでやっとゴールの愛宕駅跡に到着。廃墟ではありますが軌道跡を辿ってきた我々を出迎えてくれるには十分すぎる建物です。






美しい廃景。

13:07
この駅舎を「駅」として利用しに来る人は、もう百年近く前からいない。廃れた歴史の証人として会いに来る物好きが少し居るのみ。





内部は思っていたより広く、寂しい。








この建物が風よけになりそうだったのと座りやすい台があったことからここで遅めの昼食会を行いました。楽しい時間です。















下山
14:31
日没も迫りつつあったため足早に下山します。愛宕山は平たく水平の広がりがそこそこ大きいので、低山だと思って舐めていると普通に真っ暗になります。(そういう遭難事案が毎年のように発生。。)



16:05
全員無事に下山!ゴールのJR保津峡駅にて記念撮影。

通りすがりのおばちゃんに撮影をお願いしました。ありがとうございます。

まとめ
非常に長たらしい記事になってしまいましたが、今回探索した遺構は現在進行形で風化しているものであり、数年もすれば大きく状況が変わってもおかしくないようなものばかりです。そのためより多くの写真を交えた記録をネット上にも残しておくべきとの思いからこのような形で紹介させていただいた次第です。参加者からは楽しかったとの意見が大半であったことから、新ジャンルの開拓というこの企画の大きな目的は達成されたと考えられます。大阪大学探検部では「廃線廃道探索」企画を今後も継続し、ご報告します。乞うご期待。

おわり