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2018年7月23日月曜日

セアカツノタダーキは日焼け止め留学生の夢を見るか?

こんにちわ、2回生のただーきです。谷川岳に続きまして、またまた4回生の企画に参加させていただき、北アルプスの後立山連峰を2泊3日で縦走して、おまけとして四阿山と浅間山にも登って来ました。この企画参加メンバーは、企画者大塚G、マグマ大塚筋肉大臣、たけのさん、私ただーきの4名です。4回生3人に対して2回生僕1人混ざるってなんなん?(笑)僕はこのブログのプロローグを担当させていただきます。続いてマグマ大塚筋肉大臣と大塚G、たけのさんが山行を担当しますので最後までお付き合いください。

〜プロローグ〜
 7月4日16時30分頃
 私はバイト先に早めに着き、着替えも終わりひと仕事する前に休憩室で一息つこうとしていた。休憩室に入ると奥の席では店長がiPadでアニメを見ていて近寄り難かったので、手前の席でお茶を飲んでいたパートのばあやの隣に座り、コンビニで買ったいつものバームクーヘンを食べながら、スマホの画面に映る自分の顔をぼーっと眺めていた。そのバームクーヘンとはFamily Martのスイーツコーナーで冷やされているので是非みなさんにも食べていただきたい。コストパフォーマンスとクオリティーのバランスにきっと驚くだろう。私がバームークーヘンにそこまでの愛情を抱いてるともつゆ知らず、隣のばあやはいつものように同じ話をしてくる。ちょうど退屈していた。

 7月4日16時39分
 スマホの画面が急に11文字の数字を映し出した。普段電話を使わない私は珍しく見るその画面に驚きながらも、ばあやの愚痴を振り切り落ち着いた様子で休憩室を出て電話を取った。その電話の向こう側はとても賑やかでいたずらかと思ったがよくよく聞いてみるとマグマ大塚の声がした。なぜLINEではないのだろうと疑問に思ったが聞く間も無く、7/12~16は暇かどうか聞いてくる。このとき私は察した。また山に行くことになりそうだ、と。とりあえず曜日を確認した。僕の知る限り7月に5連休などあるはずもないからだ。拒否権がないことも承知の上、そのとき記憶にあった予定は授業とバイトだったのでその旨を伝えた。するとマグマ大塚は、昨年の全休アルプス企画で期末テストとバイトをブッチしたと言い、探検魂をちらつかせ私を道連れにしようとしてくるのだ。あとで確認したところそれは本当のようだった。その企画のブログは面白いのでまだ読んでない人は一度読むことを勧める。2017年7月の欄を探そう。まだ何をするのか聞いていなかったので一応聞いてみると、どうやら山に行く人が3人ほどいるらしい。どこの山か聞いてみると、私は一度行ったことがある鹿島槍ヶ岳だった。私が登ったときはガスやゲリで十分に楽しめなかったから、もう一度行くのもありかなとも思ったが、正直、また同じ山か、と渋った。そして最後にお金がないことを伝え、これでトドメ、断れたと思った。大塚G信用金庫がある、そう聞こえた。私がトドメを刺された瞬間だった。4回生に誘われて嬉しさも少しあっただろう。谷川岳を乗り越えた私は、体力がないからなどというくだらない言い訳を口にすることはなくなっていた。

 7月4日16時50分頃
 バイトがあるのでとりあえず保留にさせていただく、と伝え電話を切った。

 後日、私は地震と台風の影響による補講に救われ企画参加を表明した。あとでわかったことだが、女の子とラーメンを食べに行く夢のような約束を破り、掛け持ちしている部活の月例会をサボってしまっていた。企画を終えた今となれば後悔は微塵もない。自分も探検魂に命を売ってしまっていた。

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 7月12日23時50分
 鳥の叫喚が雨降る夜空に響く。いまいましい。眠らなければならないのに一向に眠りに落ちない。眠ることを考えれば考えるほど醒めてゆく。入眠に困難を感じたぼくは、精神が躰の底におちてゆくイメージを描く。脳髄がくるくる回転して、入眠が近づく。瞬間、隣のゴウキがいびきをかく。遠くでトラックが駆ける。大勢の鳥が思い思いの鳴き声をあげながら、空へ飛び立つ。眠りに落ちようとするぼくを、もう一人のぼくが見つける。すべてがぼくの眠りを妨げる。
 
 7月13日
 聞き飽きたアラーム音を耳にして目を覚ますと、梓川SAにも朝がやってきていた。いまいましい鳥は一晩中騒ぎ続けていた。車に戻ると、既にゴウキが運転席に座っている。ぼくはふーっと息をついて、鼻をつく新車の臭いに顔をしかめながら、助手席に尻を埋めた。コンタクト・レンズをつけていないせいで、助手席から眺める景色はぼやけていた。仄暗い田畑に陰毛のように黒々とした山塊が聳え立つ。湯葉のように広がる雲が、山容を曖昧にする。鹿島槍ヶ岳は見えない。あらゆるものがぼくたちの気持ちを削ぎ取ろうとしていた。
 大谷原登山口につくと、禿げあがった男が粗末なベンチに座っていた。鼻が歪に大きく、薄茶色の唇は乾き、ひび割れが見える。男はタケノに何かを話しかけていた。年をとった男は若い女を見ればすぐに声をかける。耳にねっとりと貼り付く男の声が不快だった。タケノの唇の両端は相変わらず両耳を突き、口から覗く前歯に少し紅が付着していた。鹿島槍ヶ岳は見えない。
 ぼくたちは出発の準備を整えて、山に向かってスタートを切った。傾斜のゆるい林道をゆっくりと歩く。昨夜はまったく眠れなかったが、登り始めると同時に、不思議とぼくは山にフィットしていた。「ぜんぜん楽しくない、この道」ゴウキは林道への不満を口にする。「朝食べた黒糖パンが胃に残ってるんですよね」タダアキは谷川岳から何も学んでいなかった。

 次第に道は険しくなっていく。ザックが食い込んで腰骨と鎖骨のでっぱりに擦れる。太ももに心地よい負荷がかかり、大腿四頭筋が嬉しそうにきしむ。三人の友人たちもタフな登りを喜び、各々雄たけびをあげていた。ぼくが求めるすべてが、そこにあった。

 気がつくとぼくたちは稜線上にいた。風が吹き抜ける。鹿島槍ヶ岳は見えない。「僕の記憶によると、小屋までもうすぐです」とタダアキが話す。

 稜線を少し下ると小屋についた。テント場でテントをはっていると、雲に覆われていた稜線に光が射して、立山と剱岳が雄々しい姿を現した。数分間の幸福。ザックをデポして、必要なものだけ持って、ぼくたちは鹿島槍ヶ岳へ向かう。


 鹿島槍ヶ岳は見えない。昨夜の不眠のせいか、ぼくは頭に鈍い痛みを感じていた。肩と首を揉みほぐすが、痛みは消えない。タダアキとタケノもぼく同様に痛みを感じているようだった。しばらく登って山頂についたものの、ガスで周囲は何も見えない。数十匹の虫が飛ぶ数10m四方の空間が、そこにあるだけだった。展望もないし頭も痛む。ぼくたちは山頂でしばし睡眠をとることにした。脳髄が回転して躰の奥底へ沈んでゆく。
 



 20分ほど眠る。寒さに身震いして唇をねぶる。舌先がざらつく感覚が不快だった。数匹の虫が頭にまとわりつく。三人は心地よく眠っているようだった。求めていた百名山の山頂。唇の乾きだけが、ぼくの思考を支配していた。どうして彼らは唇の乾きを気にせず寝ていられるのだろう、三人の唇は三者三様にざらついていた。「唇めっちゃ渇いてもた、降りようや」ぼくは唇の乾きを一人一人に訴える。ゴウキとタケノは渋る目でこちらをジッと見つめる。彼らは唇の乾きに気付いていないようだった。
 
 テント場で夕飯を作り、いそいそと入眠の準備を整える。タケノは寝袋に入った途端に死んだように眠っていた。彼女は音も立てずに入眠し、その後しばらくは微動だにしない。タケノの無神経さを羨ましく思いながら、三人用テントの真ん中を確保したぼくは、今夜の熟睡を心待ちにしながら瞼を閉じた。意識が底の方へ落ちてゆき、周囲の雑音が遠のく。「フーーン」タダアキが声ともつかぬ音を立てながら息を漏らした。どうやら眠ったらしい。テントの外では山談義に花を咲かせる男たちの声が聞こえる。風でテントがバタつき、足裏と頭に煩わしく触れる。うすら明るいテント内はかすかに蒸し暑い。両脇の二人は快眠しているようだった。二人の睡眠が、ぼくの入眠へ圧力をかける。寝なければならない、そう強く意識させられ、ぼくの精神は躰に溶け込まない。すべてがぼくの眠りを妨げていた。


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7月13日20時48分

 ソロテントでひと眠りした俺は先までびゅうびゅうと吹く風で騒がしかった外がすっかり静かになっていることに気づいた。テントからそろりとでると、無数の星が瞬き、真っ黒に染まった劔や立山が見える。これはいい、とコッフェルで湯を沸かし、ゆっくりと熱いスープを飲む。俺はこの北アルプスの山の中で、夜を満喫したのだ。

7月14日
 7月中旬になるというのに、ひんやりした空気が俺を撫でてくる。時計を見ると起床時間に近くなっていた。まだ隣のテントの3人は起きていない。俺は一人テントから出て、あたりをぐるりの見回す。昨日はあれだけガスに覆われていた鹿島槍ヶ岳の双耳峰がこちらにその耳を傾けていた。俺は小さくおはようと言ったところで、3人のテントからアラームが鳴り始めた。


 夜露にぐっしょりと濡れたテントを撤収し、まだ薄暗い道を南へ歩いていく。爺が岳手前でただーきが「僕フィットしてないんで、ピークは先輩らで行ってください。」という。またも学習しなかったのだろうか。どうしても朝が苦手なただーき。俺は彼を無言で促した。


 俺と大塚と竹野は爺が岳ピークへ向かう。中爺(爺が岳中峰おじさん)が山頂にいたが、会話もなく去ってしまった。今年の北アルプスは面白いおじさんに会えない。つい山頂でゆっくりしまったが、ただーきが待っている。



 ただ―きと合流すると彼はもうフィットしていた。その調子だと俺はつぶやいて、種池山荘へと向かう。景気のよさそうな小屋番が俺たちに行先を聞く。「針ノ木まで行くんだ」「急げ」

 薬師が見たかった。俺はあの嫋やかな山並みが見たかった。岩小屋沢岳、鳴沢岳、赤沢岳とピークを落とすも、西側の景色は劔、立山を示したまま。



 「アッ」尻もちを搗きそうになる女は、必死に己の体裁を保つためにバランスをとる。「Nice Recovery!!」小気味良い称賛が浴びせられる。

 
 針ノ木岳に近づくにつれて人が多くなってきた。俺は北アルプスのマイナールートを選んだつもりになっていたんだ。





 小屋から離れた臨時のテント場に設営し、時間をつぶす。俺はタープの下、考え事をしていた。近くの日陰では大塚とただーきが恋愛話をしている。山でそんな下世話なことを考えるとはまだまだ甘いと思いつつも、俺はどうして北アルプスとのかかわりを今後の人生で持っていけばいいんだと思い詰める。九州からは遠い。




 そんな深い思考をしているとき、俺のタープに乱入してくる真っ白な顔の女が現れた。「あそぼうや」片手にはオセロを持っている。せっかく耽っていたというのに、俺のほうが年上だから遊んでやることにする。俺に勝った女は、顔をくしゃくしゃにして年下の大塚に勝負を仕掛けた。年下の大塚は手加減をしない。女は負けていた。



 夜飯を食い、床に就く。今日は2500円払ったから女が添い寝してくれる。半年ぶりに女と寝る俺は、どうしてやろうかと思索していると、女は寝息を立て始めた。そんなもんかと、俺も目をつむる。今日見てきた北アルプスの偉観を来年見ることができるだろうか。もし、この景色を見ることができたとしても、それは今日見たものと同じなのだろうか。北アルプスに行けなくなるのが大きな問題ではない、もう仲間と山で時間を共有できないのが寂しいのだ。深く深く意識は谷底へ落ちていく。


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7月15日3時15分@針ノ木小屋

朝、馴染みのアラームが耳の奥で歪んで聞こえる。

体がぐわんぐわん揺らされて、微睡みは次第に輪郭のはっきりしたものへ変容していく。

「ここはテント。横にいるのはゴウキくん。家のベットじゃなくて山の中。針ノ木小屋。」

なんて、ぼんやり把握し始めた時には、ゴウキくんは朝ごはんを食べていた。

人より先に眠り、後から人に起こされることに慣れてしまった私は、日常から非日常にタイムスリップするような、この微睡みが大好き。

すんと空は澄んでいて、今日これからの快晴を約束しているかのようだった。


蓮華岳。朝の光を浴びたコマクサが一面に広がる。
高山植物の女王「コマクサ」。モルヒネに似た毒を持つ美しい魅惑の花。
たおやかな稜線と、その甘美な毒花とのコントラストに私は目眩を感じた。



先日、『タダアキとTシャツが同じ』ということで一盛り上がりを見せたイチロー兄さんに遭遇。

彼はただただ距離感が程良いお兄さん。イチローに似ているがゆえ、なんかダサいめの帽子(青のチェックのキャップ)をかぶっていたのにも関わらずカッコよかった。
私たちはこのイチローおじさんに写真を撮ってもらった。






『蓮華の大下り』と呼ばれる砂利道を駆け下りていく。「下山に定評がある男」タダーキここで一気に先輩に差をつける。
「やるなあすごいやんタダーキ」2日目あたりから先輩3人きっとみんなそう思ってたはず。

鎖が連続で続き、緊張感の連続で頭の容量をぜんぶ使っちゃったんじゃないかしら。と私は思う。

船窪小屋に到着後、「船窪のおいしい水が飲める水場がある」という噂をもとにリョーヤくんとタダーキが旅に出た。
帰ってきた二人はよれよれで、旅についての詳しい話はあまりしてくれなかった。

その後船窪小屋にて、素敵なご夫婦にお茶をいただき、Tシャツを物色。
なんと男性物が残り一着で、あとはぜんぶ女性物しかなかった。やむなくゴウキくんとリョーヤくんは女性用Lサイズを購入。


「アラインゲンガーしようや」リョーヤくんがじっとこちらの目をみて訴える。

それは今回の企画の最後の難所「七倉山荘までの激下り」に差し掛かったところであった。

「一人で登ってるって思ったほうが、山にフィットすることもあるやん」
リョーヤくんのこの一言によって我々は各々、下山という魔の壁に、孤高な闘いを挑むことになった。

徐々に熱くなっていく気温に負けず、黙々と淡々と下山をこなす。「六甲山の下山より長いか短いか」だけを一心不乱に考えて、わたしは下山を乗り越えようとした。

下山が、近づくにつれダイナミックな水温と、蝉の声が聞こえてくる。そのとき、やっと前にいたゴウキくんに追いついた。

あとからリョーヤとタダーキの二人がにこやかに降りて来て、160円のコーラを飲むことで文明の香りをほんの少し堪能した。

タクシーに乗り込んで、大谷原へ置いた車に向かう中、私は縦走の終わりを噛み締めていた。

明日は四阿山と浅間山2座か…
膝はみしっと音を立て、すでに太腿は静かに悲鳴をあげていた。

その悲鳴すらも、なんだか贅沢なことに思えて。22歳。学生生活最後の夏は幕をあけたばかりなのだ。



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【ある食堂のオヤジ一夏の思い出】

7月15日
頭に巻いたタオルの甲斐もなく、ぬぐってもぬぐっても滴り落ちる汗。今年の夏は類まれなる酷暑だと、テレビはうっとおしいほどに繰り返し伝えていた。

冷房が効いてないぬるい店内に、ガラガラッと勢いのいい音がして、若者が4人入ってきた。

全員似たようなTシャツにハーフパンツ。高校生か大学生の部活帰りらしい。
リーダー格のような青年がニカッと笑って
「ソースカツ丼大盛り4つで!!」
と、威勢よく注文した。

おっと全員ソースカツ丼。しかも大盛り。
米も足りねえ、カツも足りねえ。

期待に溢れた若人の視線。腹をすかした若者に目一杯食べさせてやらなきゃ男も廃る。
俺は、迷わず4人分の小さなどんぶり皿を用意した。

今日の分の中華麺スープ、全部使い切っちまうけど、そんなこたぁ気にするもんか。

「うちの大盛りはいつもは、カツもっと多いからな。これはサービス!」
と、ドンっと4つ小ぶりの中華麺を並べた。

ソースカツ丼に加えて、サービスで付いてきた中華麺をみてキラキラとした笑顔を浮かべた4人は「ありがとうございます!!!」とこちらを見つめて大声をあげた。


黙々と、ガツガツとソースカツ丼を食い、ズルズルと麺を啜る。
食べっぷりのいい4人は「ごちそうさまでした!!」と腹の底から満足した声で去っていった。

食器を下げて気づいた。
あいつら、スープまで全部飲んでいきやがった。

「やるじゃねえか。」と俺は小声でつぶやいた。

あいつらも、この店も、俺もまだまだ捨てたもんじゃねえな。
そう思いながら、俺は明日の仕込みを始めたのだった。

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【リョージャの伝説】


「SPFてナニ?」
「この+++は?」
「こっちのコーナーだけジャナイ!!いっぱい奥にもヒヤケドメ!!!」
サンドラッグ店内に響き渡る大声。

その声の主は、真っ黒い肌に白い歯がよく映える青年であった。彼の名はリョージャ。年齢、出身国ともに不明。この物語の主人公ともいえよう。

散々大声をあげた挙げ句の果に、198円の日焼け止めを指差して、「コレ、エエヤン!!」と嬉しそうにするリョージャ。

「うーん、白浮きするし塗りにくいけどなあ…まあリョージャがいいなら…」
と忠告した隣の女の子に向かって、
「シロウキ!?ボクソレ知ってる。シロクなってきたら顔イヤアナ感じナル!」
と、いきり立って反駁した。

彼にアドバイスをした女の子の名前はタケコ。魔女の血を引くことから町の薬剤師として慕われている。
タケコには兄と弟がおり、兄は測量士のゴーキー、
弟は昆虫博士のタダーキー。

実はタケコの町は、度重なる酷暑により、作物は育たず、水も干からび、人々は町から出ざるを得ない状態であったのだ。

町の長老テツタロスは皆を集めて、ある村のお告げを伝えた。
「町に来たる英雄が、この村を救う。英雄が来るのは2018年7月16日の海の日。英雄が持つパワーがこの町をすべて潤すのである。」


そして来る2018年、平成最後の海の日。
そこにひょっこり現れたのが、ヒヤケドメを求めに来た、真っ黒なリョージャだったのだ。
この国の言葉をカタコトにしか話さず、謎に包まれた、黒く、あらゆる皮膚の皮がめくれたみすぼらしい男。
『この男が果たして英雄なのだろうか」と皆が疑問に感じていたが、もはや町の皆には信じるしか道はなかった。



リョージャはにかっと笑い、日焼け止めと食べ物を求めた。そこでタケコが「英雄に究極の日焼け止めを選んでやること」という重役を背負うこととなったのである。

「シロウキ」に対してしかめっ面するリョージャの顔はやけに黒くて、思わず3人は笑ってしまった。

タケコが勧めたのははNIVEAかBioreか、つまり有名どころのミルクタイプで
「コレでイイかな!!?なんかミニボトルもついてる!!!」
とリョージャも嬉しそうに笑っていた。


リョージャは日焼け止めを手に入れたあと、なぜかしきりに「キモチイ山はドコか??」と訪ねた。

「四阿山、だな。」測量士ゴーキーはそう呟いた。「新種のカメムシがいるって伝説もあるしね」昆虫博士タダーキーもよくわからないなりに同調した。

道の駅でテントを張り、明日の山行に4人は備えた。リョージャはよく寝れなかったようだがニコニコしていた。

朝早くに起床し、四阿山に向かって一行は急いだ。

四阿山。登り始めはさすがのリョージャも、意外と厳しそうで、3人は不安を覚えたが、測量士ゴーキーの知見も活かし力を合わせて足を進めた。



四阿山はまさしく「キモチイ山」であった。
特に根子岳から四阿山に向かう道、緑の鮮やかな稜線は見事としか言いようがない。4人は山と一体となって稜線を駆け巡った。

そのときである。リョージャの体が光輝き始めた。
光り輝くリョージャは、徐々に宙に浮き始め、色彩も7色に変化し始めた。
「あれは…新種だ!!」
タダーキーは叫び、カメラを向けた。
その瞬間眩しい光が4人を包みこんだ。

再び目を覚ました時、リョージャはいなかった。山から慌てて町に戻ると、すっかり緑の生い茂る豊かな町が眼前に現れた。町の人々によると、急に町全体が白い光に覆われ、枯れ果てていた緑が、湖が、川が、作物が、全て蘇ったというのである。
タケコ、タダーキー、ゴーキーの3人はもう一度山の中に戻り、懸命にリョージャを探したが、リョージャはついに現れなかった。

タダーキーのカメラには、世にも美しい虹のように光輝くカメムシが映し出されていた。

「リョージャは、日焼け止めのおかげで山にフィットして、ほんとうの姿に戻ったんだ」

その新種の命名権はタダーキーに預けられた。
英雄リョージャは、この先もタケコの町で崇め奉られることであろう。


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【熊現る四阿山「タケノの独白」】


7月16日午前7時36分 @四阿山
「熊いるわ」
リョーヤくんは私の目をじっと見て、そうつぶやいた。
「走ってたら、熊の鼻に脛があたってしまって。蹴躓いて転けたんです。」
思わず聞き返した私に、後輩タダーキはそう補足した。
「え、どういうこと?」
「リョーヤくんは、その熊見たの?」
「タダアーキも、え、転けて、その後大丈夫やったの?熊は?逃げたん?」
疑問が次々と声になる。
タダーキは、転けたあと熊がガサガサと笹の中に逃げていってしまったこと。自分は躓いて転んだだけで特に大事には至っていないことを手短に告げた。
リョーヤくんは、「僕は、見てへんけど」と前置きしながらも、
「タダーキの話から結論づけたら、熊ってことになった。僕も物音は聞いたし。」と語った。その言葉はいかにも明朗闊達で、熊に臆する様子は微塵とないように見えた。

二人とは対象的に慌てふためく自分が恥ずかしい、そう呟く私にリョーヤくんはトドメの一言を放った。
「実際熊見たら、逆にこんなもんやで」

そして二人はまた前を走り去っていった。
一人残された私は、まだ少しドキドキする胸を抑えながら笹の中を駆け下りた。
笹の中だと足元は全く見えず、まだいるかもしれない熊に怯えながら足を進める。「ヤーヤーヤー」と声を出しながら。

そのとき。ガサガサっと音がした。音の方に首をやると、何やら黒い影が見えたような気がした。まずい。そう思った私は、身をかがめ、「シャーーーーーーッ」と声の辺りに向かって声を発したのだった。すべては本能のあるがまま故の行動である。人間の本能はすさまじい。

気がついたら半泣きになりながら笹を駆け下りていた。徐々に動機が止むなかで「リョーヤくーーーーーん」「リョーヤくーーーーーん」、と私は何度も叫んだ。

リョーヤくんとタダーキは待っていてくれた。彼らに会う、その5分にも満たない間は、私にとって1時間にも2時間にも感じられた。

二人はどこか呆れ顔ながらも優しく、「黒い影が見えた」という私の話をふんふんと頷いて聞いてくれた。
ほっと心が安堵に包まれていく中で、道もどんどん広くなっていく。

「ゴウキくんは熊遭遇してないかなあ」
なんて、とっくに下山しているであろうゴウキくんに思いを馳せる余裕も見せるほど、私はすっかり心強い気持ちでいっぱいだった。

みんながいたら熊だって大丈夫。車はもうすぐそこだ。

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7月16日午前7時25分
【熊現る四阿山「タダアキの証言」】

確かに、何かに蹴躓いた。
僕は、そっと足元を見た。足元には感触がまだ残っている。石ほどに固くもない、木ほどに尖ってもいない。それは、今まで感じたことのないもので僕の頭を混乱させた。

ズボンについた泥を落としていると、マグマ大塚が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

「下山に定評がある」僕にとって、何もないところで転けたなんてあってはならないことなのだ。
僕は、足に残る感触を頭の中でなぞりながら、こう言った。
「リョーヤさん、聞いてくださいよ。僕、熊の鼻に脛ぶつけたんです。」
唐突に出てきたその言葉は、僕の心を少し愉快な気持ちにさせた。
そしてその愉快さは、リョーヤさんにも伝播され、僕らは笹の中でしばし笑いあった

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7月16日午前7時56分
【熊現る四阿山「マグマ大塚の語り」】
後ろにいるタケノは、「ヤーヤーヤー」と奇声を発している。

タケノは、本気で僕とタダアキが言ったことを信じてるのだろうか。
「熊の鼻に、脛をぶつける」
そんなことあるはずはないだろう。
タダアキはあの時、少し口角が歪んでいた。真顔で信じ込むタケノさんに笑いが抑えきれなかったのであろう。僕は、そんなタダーキを目尻に捉え、「まだまだだな」と思いながら目配せした。

仮に。仮にだ。僕の演技が素晴らしかったとしても、一人で駆け下りてる際に冷静になったりしないものだろうか。何度も言うが、熊の鼻に脛をぶつけ、熊を撃退することなどありもしないということを、彼女はなぜ気付かない?

「ヤーヤーヤー」という奇声が、とまったなと思っていたら、
「リョーヤくぅーーーーーーーーーん」というタケノの叫び声が聞こえた。


しばらくして僕とタダーキの姿を見つけたタケノは一息でいろいろなことを話したが、
ちょっと本当に何を言ってるのかわからなかった。正直な話、聞く気にもあまりならなかったのだ。

下山も近づく中、「彼女は本当に熊がいたと信じてるのだろうか」と改めて考えた。

だとしたら、ちょっと、熊より不気味だ。


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7月16日午前8時3分
【熊現る四阿山「旅法師Gの独り言】
車の上に登山靴。車のドアに着ていたTシャツ。俺はありとあらゆる身に着けたものを脱ぎ去り、干すことで疾走後の快感にひたっていた。
一人越に浸っているところに、3人がやってきた。なにやらケラケラ笑っている。熊がどうのこうの、訳はわからないがなんとなく楽しそうでよい。

つまりはバランスなんだな、俺はそう感じた。
独り占めする山の思い出と、誰かと共有できる山の思い出も。どちらも自分にとって大切なものなのだと改めて思う。
次は浅間山。この企画が終わったら、誰とどこでどんな思い出を作りに行こうか。



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〜セアカツノタダーキは日焼け止め留学生の夢を見るか〜【完】