はじめまして!65期の森と申します。
さて、去る9月28日(日)に、65期はじめての回生企画として、六甲山系・摩耶山へ登ってきました!
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布引雄滝 ロープの使い方次第では、もしかしたら登攀できるかも? (それ以前に規制に引っ掛かりそうだが) |
登山道に入ると長い階段を登り、まず初めに現れるのが、落差43mの布引雄滝。それを見た参加者の感想は、「この滝登れるんかな?」でした。これだけ大きな滝を見て圧倒されるのではなく、どう登るかという発想になるあたり、65期の面々は、早くも探検中毒になりつつあるようです。
新神戸駅から2㎞、市ヶ原を過ぎ、トゥエンティクロスに入ると、あれだけ多くの人が行き交っていた登山道も一気に静かに。緩やかに高度を上げながら、生田川を何度も渡っていきます(現在は治山事業が進められ、渡渉点が少なくなっていますが、かつては本当に20地点あったそうです)。この日は気候も快適で、皆でおしゃべりしながら、どんどん六甲山系の奥地へと歩を進めます。中には壮大な企画のアイデアを語っている人もいたので、今後の実現に期待ですね。
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河童橋を渡るB班 |
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しっぽの青いトカゲ発見!
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立ち枯れた木々 |
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渡渉点でひと休み |
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飛び石のようになっているので 渡渉もゆる~く楽しめた |
新神戸駅から3時間半余り歩くと、生田川の源流・穂高湖に達します。ゆっくり登っていたはずなのに、この時点で計画から30分程度巻いていたので、湖畔のピークであるシェール槍に立ち寄ることに。槍・穂高と聞くと上高地を連想しますが、その名の通り、風景が上高地に似ていることから名づけられたようです(全然似ていない気もしますが)。
ちなみに、シェール槍の「シェール」というのは、1910年代にこの山によく登っていたドイツ人の名前だそう。六甲山系には、他にもアゴニー坂やカスケードバレイなど、横文字の地名が多く存在しますが、これらは幕末の開港以降、神戸に住まい、日本に西洋の登山文化を持ち込んだ外国人が名付けたもの。「名は体を表す」といいますが、山岳地名にも、その山の地形の様子や、歴史・文化の蓄積がよく表れるので、「なぜそんな名前なのか?」と考えながら登ってみるのも面白いのです。
……という、地歴オタクの主張はさておき、シェール槍へはちょっとした岩場を登ります。山頂が狭いので、少人数に分かれ、交代しながら登っているうちに、最大30分巻いていたのが、逆に30分の遅延になってしまいました。これから雨が降るというのに、これはマズい。少し急ぎ足で先へ向かいます。
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先に登頂したA班 |
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シェール槍へは岩場の急登 後ろには穂高湖が見える |
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B班のうち後発隊3名 A班から3,40分遅れての登頂
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奥に見えるのは鈴蘭台の住宅街 |
15時。計画から20分程度遅れて摩耶山掬星台に到着。掬星台から眺める神戸・阪神間の風景は、日本三大夜景にも数えられますが、昼間の景色も十分絶景です(少し霞がかっていましたが)。遠くにはあべのハルカスや、いつの間にかカルト的人気となっているらしい赤い腸ミャクミャクの根城も見えました。
さて、ここでお待ちかねの昼食です。クッカーとアミカスで調理する人もいれば、持ってきたリンゴにかじりつく人も。中には「魔改造カップヌードル・シーフード 明太海鮮もんじゃ味」という、名前の情報量が多すぎる商品を食べている人もいました(本人曰く、めっちゃおいしかったらしい)。
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掬星台にて、集合写真 |