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2025年6月24日火曜日

奥の深谷完全遡行記録

日本百名谷、奥の深谷大雨増水雷遡行記録

 

お久しぶりです。探検部63期のヨホホです。

タイトルのとおり奥の深谷という沢の遡行をしてきたのでその記録を記します。


 

▶日時...2025/6/14(木)

▶メンバー...62期 木倉 63期 尾原(筆者)、 神坂  64期 垂井 65期 岡本(敬称略)

▶滋賀県大津市葛川坊村町 奥の深谷


出発 

時刻は朝7時。奥の深谷の遡行に時間をかけるため普段より早めに集合する。

レンタカーを借り部室に着くと神坂と岡本が既に到着していた。だが彼女らの顔は見上げた空以上に曇っている。

そう、当日は梅雨にちょうど入ったところであり、大雨真っ只中であった。一応雨天時の対応は決めていたものの当日朝に予報が変わり、雨の時刻がかなり早まっている。

また、雨だけではない。雷注意報も発令されており、事態はより深刻になっていた。

私は行くつもりでいたが、2人にもどうしたいかと尋ねてみる。3回生であり、複数回の沢の経験を持つ神坂は少し顔をゆがめ、同意とも否定ともとれない曖昧な声をだした。

横を見ると、1回生であり初めての企画である岡本はやはり少し渋そうな顔をしている。

私はもう一度の外を見る。灰色の空の下、ごうごうと吹き付ける雨が窓ガラスを叩いた。時計の針は、もう間もなく決断しなければならないことを告げていた。

彼女らの顔を見る。何かを訴えかけているような気がする。 

もう一度窓の外を見る。

 

「やめようか」 

そうつぶやくと、今まで考えないようにしていたその選択肢が突然現実味を帯びてきた。そうだ、やめよう。こんな日は家で本など読んでいるのがよい。雨の音を聞きながら、ジャズでも聴いて温かい飲み物を飲もう。

決心して彼女らの方を向くと、変わらず何かを訴えかけているような顔をしていた。

妙である。やめたいのではないのだろうか? 

「じゃあやっぱりいこうか」

こう言って再び顔色を窺うと、やはりしかめつらをしている。

一体全体どういうことだろうか。微妙な空気の中、雨音だけが静かに響いている。

「じゃあやっぱりやめる?」

しかめつら。

「いこうか」

雨音。 

...。

 

どうすればいいというのか。中止にするべきか否か。思うに、あまり行きたくはないが中止にしてもすることはないし、装備もそろえて朝早くに来たので中止にしたくないといったところだろう。

判断に困っていると、不意に入口を叩く音がした。誰でもいいがこの状況に一石を投じてくれと願いながら見ていると、木倉さんがゆっくりと姿を現した。

今回の沢のメンバーの最後の1人である木倉さんは4回生で、沢の経験だけでなくその他山や洞窟の経験も豊富という兵(つわもの)である。

遅れてゴメンといいつつ入ってきた木倉さんにすぐさま先ほどの質問を投げかける。

「行きますか?」

すると木倉さんは意外にも少し渋った顔でこう答えた。

「雷注意報出てなかったっけ?」

まさかあの木倉さんが雷注意報を恐れるとは!木倉さんの意外にかわいい一面に萌えつつ、雷注意報についてもう少し聞いてみる。

「雷注意報くらい大丈夫じゃないですか?」

すると木倉さんはかなりショッキングなエピソードを持ち出してきた。 

どうやら高校の時分、雷注意報にもかかわらず練習を続けた野球部のピッチャーに雷が落ちたらしい。そこから元サッカー部の木倉さんも雷注意報は警戒するようになったとかなんとか。

これを聞いて女子勢もかなり消極的になるかと思われたが、やはりやめるかと聞いても首を縦にはふらない。このままでは無為に時間が過ぎていってしまうし、途中で拾うことになっている垂井も待ちぼうけである。

そこで折衷案を出すことにした。

とりあえず入渓地点までは行ってみて、そこからは現地の状況を見て判断するという案だ。

この案がお気に召したらしく、皆それならいいだろうという風に首をふる。

 

ようやく、出発である。時刻は8時前。かなり時間を食ってしまった。

沢までは約2時間。雨はこれから本降りになるらしい。長い1日になりそうである。

 

往路 

出発してしばらくたつと、車内にも活気が満ちてきていた。雨のおかげで車内は外界と隔絶された空間となり、独特の一体感を醸し出す。初対面でもしばらく話せば百年の知己にも等しい朋友となる。

私は探検部の活動も好きだが、行きし帰りしの車内も好きだ。同じ目的地に、目標に向かっているという高揚感や、一緒に困難なことに立ち向かったという充足感を共有できるというのはとても素晴らしいことだと思う。

 

9時過ぎに高速を下り、垂井の待つ地下鉄追分駅へ向かう。

垂井は現2回生で、クライミングを得意としている。どんな困難の中でも常に笑顔でいるとてもタフな部員の一人だ。沢は初めてだが、クライミング経験があるということで今回の企画にも参加している。

追分駅は田舎の駅には珍しく、車を停められる場所が非常に分かりづらく拾うのにとても苦労した。

なんども道を行ったり来たりし、運転手の木倉さんにはすでに疲労の色がにじみ始めていた。拾うのに疲労とはよく言ったものである。

9時半頃にやっとのことで垂井を車に乗せ、ようやく全員揃ったところで沢に向かう。

10時頃に到着の見込みである。

今回行く奥の深谷は日本100名谷にも選出されており、何と言っても19を超える連爆を特徴とする美麗な沢である。

別名十九の滝と呼ばれる連爆地帯の滝は全て直登可能であり、クライミングの経験がこれほど活かせる沢も珍しい。

比良山系に多数の沢はあれど、これほど良い沢はなかなかあるものではない。

活動にあたって他の方のブログなどを参考にしたが、我々探検部の技術でも登れるところはかなりありそうである。いくつかは高巻きが必要だろうが、経験が積めること間違いなしだ。


入渓地点まで

駐車場に到着し車の外に出ると、一瞬で全身が濡れてしまった。

時刻は10時ごろ。予報は少し変わり、昼過ぎから本降りである。

入渓地点までは行くという合意のもと来ているため、急いで準備を始める。

雨の中20分ほどで準備を終え、入渓地点へ向かった。

雨の中、入渓地点へと向かう。

 

奥の深谷の入渓地点までは1時間ほど歩かなければならない。奥の深谷の下に「明王谷」という別の沢があるからだ。

熟練者になると明王谷を遡行した後に連続で奥の深谷を遡行する人もいるらしいが、我々探検部はそこまでの体力も技術も時間もないため奥の深谷のみの遡行である。

 

小さい村の登山口から登り始め、1時間ほどで「牛コバ」と書かれた看板に到着する。

ここが奥の深谷の入渓地点であり、遡行開始地点でもあるポイントである。

橋の上から眼下の川を見渡すと、増水のおかげで轟音を立ててはいるが濁ってはいない。

濁っている場合上流で土砂崩れが起きている可能性があるため撤退する予定だったが、見たところ問題ない。

水に入ってみると、冷たいが極寒というほどではない。流れも速いが、押し流されるほどではなく意外にも安全そうである。

さらに言えば、今まで1回たりとも雷は鳴っていない。

これは行けるのではないかと思い、メンバーにもその旨を伝える。 

皆真剣な面持ちで頷いていたので、いよいよ遡行開始である。


遡行開始 

沢を登り始めたときにまず思ったのは、薄暗いということ。

奥の深谷は立ち込める木々と急斜面の山肌、岩壁のせいで昼間でもあまり日光が届かない鬱蒼とした沢である。

それゆえ晴れていても水温は低く、長く水につかっていると夏でも低体温症になることがある。今回の遡行では終始雨が降っていたため、余計に寒く感じた。

入渓後は、本降りになり増水する前に遡行完了してしまいたいので急ぐのだが、増水しているせいで沢の中を思うように歩けない。寒いし、何と言っても少し深い場所がかなり深くなっているため危険なのだ。

そのため深い場所が出るたびに岸にあがり、少し歩いて沢に入りを繰り返す。

あまり沢登り感はないなと思いながら進んでいくと、1つ目の滝に出くわした。

見上げる。


轟音



...。


とても登れる代物ではない。

もともとが中級者向けの滝なのもあり、増水時には手の付けられない代物となっていた。

左右を見渡すと、左岸に巻き道らしきものを発見したので取りつく。

急斜面を草や灌木、岩を頼りに登っていく。

しばらく格闘するとなんとか超えることができた。

一安心して沢に戻ると、2つ目の滝。


轟音



やはり巻くしかない。


滝のうちの一つ。実際見るとすごい迫力。


ここにきて気づいたが、どうやら今日滝は登れないらしい。

あまりの水量でもはや滝裏の岩壁は見えず、岩壁まで行こうにもとてつもない水流に阻まれる。完全にお手上げ状態である。

ここから先、もはやどれがどの滝なのかもわからず、ただひたすら巻き続けた。

巻き道も楽ではない。雨のせいで地面は緩み、滑落の危険が伴う。

そもそも巻き道が無い場所も多々あり、急斜面を無理やりトラバースしたり、登攀したりしたので常に死の危険が傍にあった。

場所によっては一度沢まで降りるのだが、やはり急な斜面をゆっくりと降りていく。

私が先導し、できるだけ安全なルートを選ぶ。それでも落ちたら死ぬような崖などをぬかるんだ地面を踏みしめながら超えて行った。

沢は場所によっては深く、滝の落ち口を渡るときはかなりの恐怖を感じた。水量が多く、一歩間違えると落差10mの滝から落ちてしまう。全員でゆっくり、おそるおそる渡る。

遡行開始から早2時間が経過していた。


1時間に1回程度休憩はとるものの部員の体力や経験もまちまちであるため十分ではない。

だが休憩を多くすると時間がかかり、本格的に増水してくるかもしれない。小雨とはいえ常に雨が降っているため頻繁に止まると体温が奪われやすいという危険もある。

エスケープするべきか、進むべきか。進むとして休憩するか、ゆっくりと進むか、先を急ぐか。考えることが多く、まだ経験も浅い私は最善の選択をできたのか今となってもまだわからない。

もっと良い決断を下せた気もするし、何なら最初から遡行するべきでなかったとも考えられる。その境界を正しく認知することはとても難しい。今回の活動では何とか全員無事に予定通り遡行を終えることができたが、次同じ状況になったときにどうするべきだろうか。


遡行終了

沢に降り左岸を見ると、「ルンゼ」と呼ばれる場所から小さい川が本流に合流している。

地図に目を落とすと、もう終わりが近い。

時刻は1時であり、当初の予定通りの時間である。先を急いだ結果、かなり時間を巻いたようだ。

メンバーにそれを伝えると、目に輝きを取り戻した。

「もうそんな場所か」

声を上げたのは木倉さんである。

過酷な高巻きもなんのその、その顔には少しの疲労の色もない。

他のメンバーも疲労は軽くにじませてはいるものの、まだまだ気合十分といった面持ちだ。

少し休憩し、先へと向かう。

ここからしばらくは大きい滝が無く、時間にも余裕が出てきたため沢の中を進んだ。

1mくらいの小さい段差も、増水時には楽しいアスレチックに様変わりする。ウエットスーツの上から身を刺す寒さも忘れ、皆で"沢登り"を楽しんだ。


そうこうして進んでいく間に、最後の連爆地帯に差し掛かる。

ここを超えたら終わりと自分に言い聞かせて高巻く。急斜面から見下ろす滝は何とも形容しがたい荘厳な雰囲気をまとっており、あやうく吸い込まれそうになる。

後ろを見ると垂井のビビッドな黄色いレインウェアが目に入り、現実に引き戻された。


巻き道を進む。進む。

もはや沢の影はなく、響き渡る落水の轟音のみが沢の存在を示している。どんどんと進んでいくと、ついに林道に出くわした。

皆思わず小走りになり、林道までかけあがった。


林道を進むと沢との合流地点に達する。ロープが張られており、間違いなく遡行終了地点である。

ついに私たちは成し遂げたのだ。増水時2級の沢の完全遡行を!!

左から垂井、岡本、神坂、木倉さん。遡行終了時の1枚。



車へ

「お疲れ様!」

そう叫ぶと、皆が安堵の吐息を漏らした。厳しい沢登りがようやく終わったのである。

後はもう車に帰り、温泉に入り、晩御飯を食べるだけ。

感動は遅れてやってくる。

林道を一歩一歩踏みしめるたびに達成感と高揚感は高まっていくように感じる。

思わず飛び出た鼻歌を、雨音が隠した。雨脚はどんどん強くなっている。


沢靴からスニーカーに変え、歩きやすい林道を進んでいく。帰り道を歩く皆の足取りは心なしか速く、浮ついている。

そのときであった。


ズルッ...。


目の前でメンバーの1人が足を滑らせ林道から滑落。慌てて駆け寄ると2mほど下の朽木に支えられているメンバーの姿が見えた。

幸い外傷はなく、無事なようである。林道の中でも崖が緩やかな場所であったことが幸いした。

「大丈夫ー?」

聞くと、大丈夫だと返事が返ってくる。

良かった。

手を差し伸べ、なんとか林道へと引き上げる。

服が泥だらけにこそなってしまったものの、目立った傷はない。

だが精神的にかなりくるものがあったようだ。

少し落ち着いてから再び先を目指す。


この時は、休憩をとるべきだったとあとから強く思った。

足は震えていたし、精神的にダメージを受けているのは目に見えてわかっていた。だが今までよりずっと歩きやすい林道であること、もう小一時間で車まで帰れるということから継続してしまった。

もっとリーダーとして安全を何よりも第一に考えるべきであったし、休憩したいと言い出しやすい空気を醸成するべきであった。

悔やんでも悔やみきれない。

大事にならなかったことだけが救いである。

これを読んでいる方は是非反面教師にしてほしい。


そのまま車まで雑談をしながら歩く。

しばらく行くと道も広くなり、舗装されている。

今までのように滑落する心配はもうない。

ゆったりとした雰囲気が広がっていた。

ゴールはすぐそこである。


復路

車に戻る前に、側溝を流れる水で装備を洗おうという話になった。

レインウェアを脱ぎ、浸す。


キャァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!!!!!!

〇▽$%□☆&#~~~~~!!!!!!


響き渡る絶叫。

火事か親父か雷かと思いあたりを見渡すと、皆服の汚れを凝視している。

汚れがどうしたと思っていると、なんと動くではないか。

近づいてみると、それは汚れなどではなくもっとおぞましい存在だった。

ヒルである。

雨で活性化したヤマビルが、これでもかというくらい喰らいついていた。

ズボンにへばりついているもの、沢靴についているもの、沢靴の中に入り込んでいるもの、挙句の果てにはズボンのメッシュ部分に入り込んでいるものまでいた。

流石にヒルごと洗濯したくはないため一匹ずつ丁寧に取る。

しかしヒルはかなり強力にへばりついており、なかなか取れない。

格闘すること30分以上。やっとすべてのヒルを取り終えると、虚脱感に襲われた。

疲れた。

やっと帰れる。

急いでシートにビニールを敷き、温泉へと向かう。

温泉では眠りに落ち、溺れそうになった。


これが今回の沢登りの全容である。

ここまで読んでくれてありがとうございました。

よければ他の記事も読んであげてください。



余談だが、私(企画者)は前日の夜飲んだあと徹夜で麻雀をしており、完徹増水沢完全遡行であった。

達成感はあまりなく、疲労感と眠気しかなかった。


もっと余談だが、ヒルを取り切れていなかったらしく家の中をヒルが這っていた。

観察したら、めっちゃキモかった。


文:尾原慶太